「スカイ・クロラ」制作記録 第1回 「僕は今、若い人たちに伝えたい事がある」
※5月9日にアップしました「スカイ・クロラ制作記録」、全文が掲載されておりませんでした。申し訳ありませんでした。本日、全文をアップいたします。
第2回は、明日10日(火)にアップの予定です。
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押井守監督作品「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」の、企画から制作、完成までの記憶をたどる「スカイ・クロラ制作記録」。前回は、「前口上」と題して、押井監督が信条とする、歴史に残る映画の条件「テーマと映像・世界観の一致」に触れた。
第1回は、映画「スカイ・クロラ」のテーマについて書いてみたい。押井監督が、森博嗣氏の著した原作を映画化するにあたって、企画段階に掲げたテーマ=「今、若い人たちに伝えたいこと」とは何だったのか。
■全てはテーマに始まり、テーマに帰結する
まずは、本サイトに掲載されている、押井監督の演出覚書を、ご一読頂きたい。いくつかの稿が重ねられているが、本覚書のひな形が最初に書かれたのは、2005年の11月、本作の企画が立ち上がってから半年が経過した頃だった。この覚書に、押井監督が「スカイ・クロラ」を通して伝えようとする想いが込められている。
「テーマ=主題」とは、簡潔に表せば、「今、この時代に、監督及びスタッフが、映画を通して観客に伝えたい事」である。先の覚書を整理すると、押井監督は「平和であるが故に《ショーとしての戦争》が行われているもうひとつの現代を舞台に、思春期の姿のまま大人にならない《キルドレ》たちを主人公として、現代を生きる若者たちの気分そのものを描きたい」と考えた。そして、映画を通して提示される答えは、ラストシーンにおける、主人公・函南優一のモノローグによって結実する筈である、と締めくくっている。
映画の企画段階において押井監督が最も重きを置く事。それは、膨大な時間を費やし、プロデューサーを壁打ちの相手として絞り込むテーマの提示である。何故、テーマが必要なのか。ポイントは3つある。
一つ目。映画制作は長い。アニメーション映画の場合、企画段階から数えると、完成までに数年の歳月を要することもある。企画・制作・宣伝・配給/興行(映画の公開規模を編成し、劇場公開すること)までに関わるスタッフ数は、「スカイ・クロラ」の場合、1500人~2000人に達する。これだけの期間、多くのスタッフの中で、「作品が目指すもの=最終的に観客に伝えたいこと」を、言葉として共有しなければならない。テーマが不明確な作品は往々にしてその焦点がぶれ、あらゆる局面で推進力を失ってしまうのだ。
二つ目に、映画は芸術性と共に、ある時代の、限られた期間に劇場で公開し、興行的成功を収めなければならないという側面を持っている。故に「今、この時代」を生きる人々の共鳴を呼ぶ主題を選ばなければならない。特に、アニメーション映画の場合、企画から完成までの期間が長い為に、現代性と共に、普遍性も獲得しなければならない。
時代性と普遍性をともなって初めて、映画は同時代の観客の支持を得ることができる。
三つ目。伝えたいことがあるからこそ、映画は作られる──この一点に尽きる。至極当たり前の事だが、何よりも難しいことだ。今この時代に、多くの人々の共感を得られるテーマを自前で絞り出すことができるか。それが、映画監督に最も不可欠な資質と言えるだろう。
■愛娘との対話
この夏、全国の劇場で、映画「スカイ・クロラ」を、多くの方々にご覧頂く為、この場で「スカイ・クロラ」のテーマについて、無闇に言葉を連ねる事は控えたい。押井監督が映画に込めたテーマは、作品の中に貫かれている筈だからだ。本稿では、押井監督が企画段階において、テーマを明確に伝える為に打ち出した、具体的方針について書いてゆきたい。
原作を読んだ押井監督は、自身の最も得意とする空戦シーンに胸を躍らせ、新しい時代の戦争という切り口に、妄想を膨らませたに違いない。しかし、押井監督が最も注目したのは、原作に登場する若者たち「キルドレ」の存在だった。思春期の姿のまま大人にならず、戦死する以外は永遠の生を生き続けるキルドレたちを、現代を生きる多くの若者たちに重ね合わせ、その気分を丸ごと表現すること。そして、現代日本の写し鏡のような、恒久的な平和が続いているが故に行われる「ショーとしての戦争」を通して、今を生きる現代人の、空虚な生の正体に肉薄すること。この2点が、企画段階の焦点だった。これらを表現する為に必要な世界観とキャラクター・ストーリーを、いかにして作り上げるか。これらは押井監督の頭の中で、同時並行に進められていたが、ひとつ大きなきっかけがあった。
それは、大人になった娘さんとの対話だった。企画制作を始めて間もない、2005年7月5日(火)。その日、久しぶりに娘さんと夕食をとることになっていた押井監督は、覚書のひな形と企画メモを見せる。娘さんは目を輝かせて押井監督の話に聞き入り、「とても面白そうな物語だと思う」と言った。押井監督は問うた。この作品を映像化する為には、大きくふたつの方法論がある。ひとつは、これまで自分がやってきた、SF的世界観を全面に押し出し、膨大な台詞を介して描く方法、もうひとつは、SF的な背景やそれらを裏打ちするダイアローグを極力廃し、キルドレたちの日常と心情を中心に描く方法──そのどちらを観たいと思うか、と。その問いに対して娘さんは、後者を支持したのだった。
その日から押井監督は、「これまでは、自分の為に映画を作ってきた。しかし今回は、若い人たちに向けてこの映画を作りたい」と口にするようになる。押井監督が、それまで積み上げてきたテーマを下支えする「動機」を獲得した瞬間だった。この「動機」については、また別の機会に書いてみたい。そして更に、大胆な決断をする。娘さんが支持した様な若者の心情を中心に据えたシナリオを、年齢を重ねた自分が書くことは難しい──もし適任者がいれば、若い女性の脚本家に、本作のシナリオを委ねたい、と言い出したのである。この時押井監督は、本作のシナリオを担当する伊藤ちひろの存在を、まだ知らなかった。
■ 行定勲監督作品「春の雪」との出会い
前口上で述べた、プロデューサーとの企画打ち合わせがその間隔を狭め、押井監督は原作の物語をベースにA4ペラ2枚程のプロットを書き上げる。2005年11月4日の事だった。(本プロットが収録された企画書のレプリカが、本作のメイキングDVD「カウントダウン・オブ・『スカイ・クロラ』Count3」に付録として収録されている)押井とプロデューサーの石井は、押井の自宅がある熱海にこもり、シナリオ発注へ向けた、最終的な話し合いを続けていた。その夜押井は、翌日、都内で対談する予定となっていた行定勲監督の「春の雪」の白バコ(映画関係者が劇場公開前に見るビデオやDVD)を観る事になる。押井監督はその内容を高く評価した上で、恋愛映画の本質について、熱っぽく語った。「恋愛とは、『春の雪』の主人公・清顕がそうであった様に、相手の人生に介入し、時に激しく傷つけてしまう程の情熱を指す。かつては、フランソワ・トリュフォーの「隣の女」の様に、愛するが故に、男女が破滅へと突き進む──その情熱を描いた恋愛映画が存在した。しかし、昨今の恋愛映画は、男と女が結ばれるまでの駆け引きを描いているに過ぎない。本当の恋愛は、ダスティン・ホフマンが花嫁を奪い去った(「卒業」)、その翌日から始まるんだ──と。
原作を未読の方の為に、具体的な記述は避けるが、「スカイ・クロラ」は、ヒロインの草薙水素が、主人公函南優一に激しく踏み込んでゆく、濃密な恋愛小説的な側面を持っている。押井監督は言った。「スカイ・クロラ」を通して、今の若い人たちに、恋愛の本質というものをつきつけたい、と。この夜(勿論、監督の頭の中には、そのイメージが以前からあった筈だが)、それまで積み上げてきたテーマを載せる土台である、恋愛映画としての物語構造が明確に意識された。その後押井監督は、当時若干23歳だった「春の雪」の脚本家、伊藤ちひろに脚本を委ねることを決意。本作の脚本監修に名を連ねることとなる行定勲監督を介して、伊藤と対面する事となる。その様子は第3回、「コタツから脚本が生まれる」で、詳しく述べることとしよう。
■ 映画は、観客のもとに届けられて完成する
更に押井は、時を同じくして、周囲を驚かせる方針を打ち立てる。映画「スカイ・クロラ」を、より多くの人々に観て貰う為に、出資・製作委員会の組成・配給に関して、より大きな枠組みで世に出してゆきたい、という想いをあらわにしたのだ。
押井は石井と共に、「イノセンス」で、スタジオジブリの鈴木敏夫氏と共に製作委員会の中心となった、日本テレビ映画センターの奥田誠治氏のもとを訪ね、プロダクション・アイジー社長、石川光久と共に、本作の製作委員会の筆頭に立って貰いたい、と依頼。押井の熱意を受けた奥田氏は快諾し、「スカイ・クロラ」をより大きな枠組みで世に出すためのチーム作りに乗り出した。最終的に製作委員会は、十数社を数える程まで集結し、ワーナー・ブラザース映画配給で、2008年8月2日(土)に、全国で封切られる事となる。押井監督は当時、奥田氏を製作委員会の筆頭に据えたいと考えた理由について、こう語っている。「『イノセンス』で、敏ちゃん(鈴木敏夫氏)のやり方を目の当たりにして、映画は作るだけではなく、お客さんのもとに届けて始めて完結する、という事を改めて実感した。その為には、制作スタッフだけではなく、完成した映画を共に世に出してゆく為の新しい仲間が必要だと思った。奥田さんは、ビジネスだけの人じゃない。映画を愛して、この仕事をやっている人だと思った。奥田さんなら、『スカイ・クロラ』を愛してくれると思う」と。
押井監督は、自ら先頭となって、奥田・石川・石井と共に、製作委員会各社の担当者ひとりひとりと面会。その手には、半年かけて練り込んできた、作品のテーマを記した企画書が握られていた。
■ 全ては、劇場で想いを伝えるために
こうして、映画「スカイ・クロラ」は、本格的にその像を結び始めた。今一度整理をしよう。映画制作において押井監督が何よりも大切にするのは、作品のテーマを固め、それを今の時代へ向け、普遍性を伴いつつブラッシュアップしてゆくことである。そして今回は、制作スタッフのみならず、映画を世に出してゆく新しい仲間たちと共有しようとした。最終的にその想いは、この夏、全国の劇場で、観客ひとりひとりの胸の中で共有されて初めて完結する。
第2回は、前口上で述べた、「テーマと映像表現・世界観の一致」について、書いてみたい。押井監督が、キャラクターやストーリー制作よりも前に頭の中に膨らませる世界観──世界中の映画監督が羨望のまなざしを持って見つめる、そのイメージの源泉はどこにあるのだろうか。



