「スカイ・クロラ」制作記録 第2回 「映像・世界観とテーマの一致」前半
■ 世界が存在しなければ映画ではない
押井守監督が、リドリー・スコット監督の「ブレードランナー・ファイナルカット」の公開時に寄せた一文に、こんな一説がある。......
(前略)誰も観たことのない、架空の世界を映像化するにあたって、リドリー・スコットは、誰もが知っているもの──スピナーと共に疾走する自転車、高層ビルの狭間にひしめくアジアの屋台、西洋と東洋の文化......それらを混在させ、光と闇と、降りしきる雨の向こうに浮かび上がらせる事によって、映画を世界観中心主義で描くという、エポックメイキングに成功した。(中略)映画とは、キャスティングやストーリー中心主義で作るものではない。カメラによって切り取られる、世界そのものをもって世に問うものなのだ。
私は今も、無から有を生み出すアニメーションの制作過程において、ロケーションハンティングと、世界のデザインに最も重きをおく。世界が存在しなければ、キャラクターも物語も生まれ得ない。(後略)
前口上で、ジェームス・キャメロン監督が、押井作品の特徴として、世界観中心主義を上げていることを述べた。押井監督は言う。「映画は、1カット観ればその善し悪しがわかる。優れた映画は、フレームで切り取られたレイアウト(押井作品の世界観を形作るレイアウトに関しては、別の機会に書きたい)の中に、確かな世界が存在している。そして映画が歴史に残る為には、世界観の中から、作り手が伝えようとするテーマがにじみ出していなければならない、と。
キャラクターやストーリーよりも先に、押井監督がイメージする世界観。「スカイ・クロラ」という世界に込めたテーマとは、何だったのか。
■ 空と地上を、別の世界として描きたい
「スカイ・クロラ」の企画が立ち上がって間もなく、未だ、原作を基としたストーリーの構成も、キャラクターのイメージも存在しなかった頃、押井監督は、作品のテーマについて語り続ける一方で、「スカイ・クロラ」では、空と地上を、まったく違う別の世界として描きたいと発言する。
「今回の映画は、雲を境として、世界観を大きく二つに分けたい。雲上は、3DCGで作り込まれた、圧倒的な情報量の世界。雲より下は、手描きの重厚な2Dレイアウトの世界だ」
本サイトで公開されている「スカイ・クロラ」の予告編の映像をご覧頂きたい。散香(サンカ)と呼ばれるレシプロ(プロペラ)戦闘機が舞う空のシーンは、3DCGによって、主人公、函南優一(カンナミ・ユーイチ)と、草薙水素(クサナギ・スイト)たち、キャラクターが息づく地上世界は手描きの2Dアニメーションで作られている事がお判り頂ける筈だ。(「スカイ・クロラ」の3DCG映像は、実写映像を一切使っていない。全て、3DCGスタッフの手によって一から作り込まれている)
押井監督が今回、3DCGと2Dアニメーションの融合を掲げた事には、大きく三つの理由があった。
レシプロ戦闘機によるリアルな空戦シーンを3Dで、キャラクターの繊細な感情の動きを2Dアニメーションで表現する事により、各々の表現の特性を最大限に生かして、現在考え得る、最高のアニメーション表現を目指したこと。限られたスケジュールの中で最大の効果を獲得する為に、制作ラインを3Dと2Dの2ラインに分けること。そして、押井監督が映画制作の初期段階において、、テーマの提示の次に重きを置く、「映像・世界観とテーマの一致」を目指すためだった。
押井監督は言う。映画には、ストーリーという横構造とは別に、世界観という縦構造が存在しなければならない。物語構造とは別に、世界を形作る映像的な構造を如何に作り込むことが出来るか。世界観を先行させる事によって映画に深みが生まれ、細部に全体が宿る。そして、映画の世界そのものが、キャラクターの台詞や物語構造よりも深いところで、テーマを映し出していなければならない──と。(後半に続く)



