「スカイ・クロラ」制作記録 第9回「劇場アニメーションの誇り・3DCGI」

■ 新たなアニメーション表現への挑戦

「スカイ・クロラ」のもうひとりの主役、それは3DCGIである。「スカイ・クロラ」は、押井守監督作品の中でも、最も多くの単独の3DCGシーンが投入された作品だった。......
 

 テーマの項で押井は、企画当初から、雲を境とした地上と空において、表現そのものを分けたいと発言していた事を述べたが、3DCGIにおいて、技術的な野心も抱いていた。近年、3DCGI技術は日進月歩で進化している。コンピュータやソフトウェアの技術革新は勿論、現場に、若く熱意とセンスを持ち合わせたスタッフが続々と成長しているのである。押井は、3DCGIを積極的に投入する理由について、こう語っていた。

 「今、戦闘機を手描きの作画で描こうとするアニメーターはいない。それに今回は、3D空間上に広大な空と雲を構築し、散香(「スカイ・クロラ」に登場する戦闘機)を、自由に飛ばしてみたいんだ」

 3DCGアニメーションは、2Dのセルアニメーションと、そのアニメーション的表現方法の仕組みが根本から異なる。先に述べたように、2Dアニメーションは手で描かれたキャラクターと背景を、平面上で重ね合わせているが、3DCGアニメーションは。コンピューター上に作られた三次元の空間に、空・雲・光・戦闘機といったオブジェクトを配置し、実写映画の様に空間上にカメラを据えて撮影する。今や、エンターテイメント色の強い映画を中心に、3DCG技術が投入されていない作品は皆無と言って良いだろう。セルアニメーションは、数十年の歴史を積み上げた、いわば芸能の域に達しているといえるが、3DCGはまさに、これから飛躍的な進歩を遂げるべき、新たなアニメーション技術なのである。


■ 日本最高の3DCGスタッフたち

 「スカイ・クロラ」において、3DCGIの空戦シーンを担ったのは、スーパーバイザーの林弘幸(海亀事務所)そして、ポリゴン・ピクチュアズのスタッフたちである。
 西尾鉄也が、作画面における押井の腕の延長だとするならば、林は3DCGIにおいて押井のイメージを具現化する、日本の3DCG界で最も優れたスーパーバイザーのひとりだ。林氏は、自らイメージスケッチも画コンテも描く演出家でもあるが、スケジュール管理から現場統括までをこなす、押井作品には欠かせない中枢スタッフである。
 そして、林が拠点を置き、押井が「国内最高」と賞賛してやまない3DCGIスタジオが、「ポリゴン・ピクチュアズ」である。押井は、ポリゴン・ピクチュアズに3DCGIを託す理由として、技術力の他に、以下の3点を上げている。

1.各々のセクションが独立して制作に関わり、スーパーバイザー・ディレクター・プロデューサー全体統括する為、作業の全体像が常に把握でき、クオリティコントロールがし易い。

2.チェックの体制とスケジュール管理が緻密かつ合理的で、無駄が一切無い。

3.単なるリアルアニメーションだけではなく、2Dアニメーションをはじめ、幅広い映像表現に造詣の深いスタッフが多く、議論や研究が活発である。

 筆者自身、ポリゴン・ピクチュアズのチェック(「スカイ・クロラ」の3DCGチェックは、毎週水曜日に行われていた)に立ち会い、そのクオリティコントロールの緻密さに舌を巻いた。まず、チェックは常にまとまったシーンごとに行われる。サーバーに接続されたディスプレイのある会議室に、押井と林氏、ディレクター、スーパーバイザーが集い、全体の進行状況を把握しつつ、各行程ごとにひとつひとつ、映像の方針を決めてゆく。そして全体の方針が固まってはじめて、現場に席を移し、各スタッフが進めている作業のチェックを行うのである。常にスーパーバイザー、プロデューサー、ディレクターが押井と意思疎通を図り、スケジュールを鑑みつつ、各スタッフに指示を与えてゆく。ポリゴン・ピクチュアズの制作システムは、米国で経験を積んだ塩田社長の思想によるところが大きいと想像するが、聞くと、2Dアニメーション現場のシステムを参考にしているという。原画→作画監督→動画→動画チェックと、各工程に監督の意思を理解した責任者が配置されている2Dアニメーションのチェック体制を3Dにも応用することで、膨大な計算時間を要するが故に、作業の後戻りが難しい制作行程において、作品の質を向上させる事を第一に考えているのである。
 押井監督の代表作「パトレイバー」の劇場版で、こんな台詞がある。

「無能な軍隊は存在しない。存在するのは無能な指揮官だけだ」

「スカイ・クロラ」の制作現場は、有能な指揮官とスタッフによって、支えられている。


■ 「スカイ・クロラ」で目指した3Dアニメーション表現

 3DCGIによる空戦シーンの制作は「スカイ・クロラ」に登場する戦闘機「散香」をはじめとするレシプロ(プロペラ)戦闘機をデザインする事から始まった。ジェットエンジンが発明されず、レシプロ戦闘機が究極に進化した世界。軍事評論家・岡部いさく氏の監修を経て、メカニックデザイナーの竹内敦志の手により「実際に作ったら飛ぶ」、リアルかつどこにも存在しない戦闘機が出来上がった。
押井が「スカイ・クロラ」において打ち立てた3Dアニメーション表現におけるテーマは、次の3点だった。

1.実際の空戦に立ち会っているかのような臨場感を実現する為に、神の目のカメラをはいし、撮影機が実際の空戦に立ち合っているかのような空戦を表現すること。

2.音響効果を意識し、劇場の6.1chスピーカー全てに音を回し、観客を音響的に圧倒すること。

3.戦闘機そのものに、感情を宿すこと。

 1.と2.に関しては、ぜひ劇場で、その臨場感を体感して欲しい。テレビ放映やDVDでは、「スカイ・クロラ」で押井監督と3Dスタッフが目指した臨場感の1/10も体感できないだろう。全ての表現が、劇場の大スクリーンとスピーカーで体感できるように、設計されている。
 3.に関しては、小説という文章でつづられた空戦シーンをいかに映像化するかに、心血が注がれた。軽々と空を舞うシーンでは、戦闘機の軽さを意識したダイナミックなアニメーションを、キルドレの乗る散香が、最強の敵ティーチャーに追われているシーンでは、散香はまるで、獅子に追われる子鹿のように小刻みにふるえ、儚く散る様が表現されている。実写でもアニメーションでも表現し得なかった「スカイ・クロラ」の華、空戦シーンが実現したのは、林氏と、ポリゴン・ピクチュアズのスタッフの執念の賜である。
 7月12日(土)に全国五大都市で、「スカイ・クロラ」公開記念作品として公開される「攻殻機動隊2.0」の3DCGシーンも、林氏とポリゴン・ピクチュアズが担当(モーターライズと共同制作)している。「スカイ・クロラ」の公開前に、ポリゴン・ピクチュアズの技術力を堪能して頂きたい。

 最後に、押井が3DCGシーンにこめた、「スカイ・クロラ」の隠されたテーマについて触れておこう。それは、キルドレ達の乗る戦闘機のコックピット(操縦席)に込められている。

 「戦闘機のコックピットっていうのは、いわば世界の中心なんだ。前後左右、全てが見渡せ、世界は自分を中心に回って見える。子供っていうのは、世界の中心に自分がいるって思っているでしょ。大人にならない子供たちキルドレが戦闘機のパイロットであるという設定は、象徴的なんだ」

 映像とテーマの一致という、押井の信条は、空戦シーンにおいても貫かれている。

 そして、2DシーンにおけるCGIを担当したIKIF+の活躍も忘れてはならない。アイルランドの広大な大地をなめるカメラワークや、大空戦の模様を臨場感たっぷりに伝える戦況図、ポーランドの夜を滑り抜ける路面電車は、IKIF+のスタッフが、2Dアニメーターと緻密な連携をとりながら表現している。

 押井監督以下、2Dアニメーションスタッフが培ってきた技術と、最先端の3Dアニメーションの融合。映画制作は、テーマや物語を描くことだけではなく、映像表現を更なる高見へと押し上げる志が伴ってはじめて、成立するのである。