「スカイ・クロラ」制作記録 第3回 「コタツから物語が生まれる」後半
■ コタツから物語が生まれる
六畳一間の和室の中央に据えられたコタツに、菓子とお茶が並べられ、雑魚寝形式のシナリオ会議が始まった。押井はこのシナリオ打ち合わせを「こもり」と呼ぶ。会議室で、肩肘張って物語を紡ごうとしても、良い作品は絶対に生まれない。文字通り、お互いがお互いの腹をさらし合って、ひたすら作品をより高みへと押し上げる為の議論に多くの時間を費やす。押井はこう言う。......
「こもりの時に必要なのは、批評的・批判的意見を禁じてとすること。あれが悪い、ここが悪いと、自分たちが作っている映画を批評してばかりでは何も生まれない。とにかく、作品を面白くする為のアイデアを出し合うこと。それに尽きるんだよ」
押井は伊藤に、本作の脚本に盛り込みたい事として、以下の3点を上げた。
1.人は、本当に大人になる必要があるのか
2.戦争と時代を描くこと
3.人を、本当に愛する事──恋愛の恐ろしさ
これらは、完成した映画に通底する「キルドレ」「ショーとしての戦争」「草薙水素と函南優一のラブストーリー」という3つの構成要素そのものである。ここで改めて、シナリオの前段階において、膨大な時間を費やして固められるテーマの構築の重要性について触れたい。2~3年という長い制作期間において、多くのスタッフに映画を通して描きたい事を伝える為には、監督自らが、揺るがないイメージを抱き続けていなければならない。作品が完成する2年半も前から、押井の中には、「スカイ・クロラ」に対する確固たるイメージがあったのである。テーマという羅針盤無き作品は、たとえ初期段階は物語の面白さの勢いで走り出す事が出来ても、必ず暗礁に乗り上げるのである。
思春期の姿のまま、それ以上年をとらないキルドレたちは、そのまま、現代を生きる日本人に重なる。戦後の豊かさを経てこの国は、大人にならなくても生きていけるという、歴史上初めての世界を手に入れた。子供は、本当に大人になる必要があるのかを疑問を感じているし、大人の中にも、果たして自分が大人である、と言い切れる人がどれくらいいるだろうか。しかし、このキルドレ達を、忌むべき存在として描いてしまったら、原作の本質を伝えることは出来ない。なぜならキルドレたちは、永遠に年をとらないからこそ、大人たちよりも多くを考え、大空で美しく飛び、死と隣り合わせになる事によって生を実感しているからだ。故に、キルドレ達が忌み嫌う、大人達を登場させたいんだ......と、押井は語り続けた。
また当時は、アフガニスタンやイラク戦争が勃発して時間が経過し、その内実が少しずつ、明らかにされてきた時期であった。海外の傭兵部隊で戦う、日本人の兵士がいること、今や戦争は、国家だけではなく、戦争請負会社がビジネスとして参戦している事実。押井は「スカイ・クロラ」の戦争世界に、よりリアリティを与える為の膨大な裏設定について、伊藤に語り続けた。ひとつ、興味深い発言がある。
「今、アニメーションは、日本の誇る一大産業としてもてはやされている。しかし、誰も指摘しないけど、日本の作っているアニメーションのおそらく80%は、戦争を扱っているんだ。「ガンダム」然り、「エヴァンゲリオン」然り。宮さん(宮崎駿監督)の映画だって、その多くの背景には戦争がある。つまり、日本という国は、アニメーションという産業を通して、「戦争という文化」を世界中に輸出しているという訳だ。だったら、「スカイ・クロラ」の世界のように、「ショーとしての戦争」を戦う日本人の若者たちが登場したとしても、決して夢物語ではないと思うんだよ」
そして最後に、エースパイロットであったが故に、他のキルドレよりも長く生きてしまったヒロイン、草薙水素が、函南優一を激しく求めてゆく、恋愛の本質に肉薄したいと伊藤に告げた。人を本当に愛することの恐ろしさを、この映画で描きたい。これまでのように、大上段に構えて作っても、この映画を本当に観て欲しい若い人たちには伝わらない。若い人たちが目下興味を持っている恋愛という題材を通して、この映画で伝えたい事を描きたい──と。
伊藤は答えた。
「だったら解ります。原作にある草薙水素の気持ちは、理解できるような気がするから。私は、プロットも箱書きも書きません。水素に乗り移ってみて、水素を通してこの脚本を書くのであれば、出来るような気がします」
■ 行定勲監督と、奥田誠治氏の果たした役割
その後、伊藤の別の仕事の終了を待ち、2006年3月23日(木)に、シナリオ第1稿の打ち合わせ、4月20日(木)には、第1稿が完成し、29日(土)には、押井・伊藤と、プロデューサーサイドとの本読みを実施。主人公優一とヒロイン水素の心情と関わりに重きを置かれたシナリオに、映画としての華(戦闘シーンや、作品の世界観を説明するエピソードや台詞の追加)を盛り込む為の、4時間にわたる意見交換を経て、シナリオ第2稿作業イン。5月11日(木)には、第2稿が完成。ストーリーと世界観を、より多くの観客層に伝えるためのアイデア出しが行われ、シナリオ第3稿作業を開始。6月2日には第4稿が完成した。
このシナリオ打ち合わせの中で、重要な役割を果たした人物が二人いる。
本作の製作プロデューサーである日本テレビの奥田誠治氏と、行定勲監督である。
奥田氏は、「この作品での自分の役目は、劇場で多くのお客さんに観て貰うこと」として、一箇所でも解りにくい箇所があれば、徹底的にその場所を指摘し、改訂を求めた。
一方、行定監督は、より間口を広げる事が、結果的に観客の映画を観る視点の低下を生み、上質な作品が作りにくくなっている、と主張。この、一件相反する両者の意見を、押井と伊藤は取り入れながら、所謂ハリウッド映画のような解りやすい起承転結のハッキリした物語ではない形で、キャラクターの心情に寄り添いながら世界全体が開示されてゆくという物語構造を模索していった。
「スカイ・クロラ」の主人公・キルドレたちは、思春期の姿のまま、それ以上年をとらない。戦死して肉体が失われても、誰か別な人間の体を借りて生まれ変わってくる。それを説明ではなく、映像として伝えるために、伊藤ちひろは、身体的な「癖」というアイデアを提案した。全ての記憶が失われても、キルドレ達の体に残された癖、それは彼らが死して尚、仲間達の元に残した記憶でもある。
安易な解りやすさを廃し、映像とドラマを通して「スカイ・クロラ」という映画を伝える為のシナリオ制作は、最終的に、冒頭の導入部で圧倒的な映像世界を見せること、キルドレの心情に即した台詞を追加すること、ストーリー展開を、空戦シーンを膨らませることによって、換骨奪胎する事無く劇的にしてゆく為のアイデア出しが行われ、押井が第5稿の執筆に入る事となる。
そして6月13日(火)、決定稿となった第5稿が、押井の手から、メインスタッフに手渡された。



