「スカイ・クロラ」制作記録 第4回 「ドラマを演じるキルドレたち」前半
■ おかっぱ!
「ダメ! おかっぱで行くからね。こればっかりは絶対にゆずれないよ!」
「スカイ・クロラ」のシナリオが2稿を重ねた2006年5月の事である。制作現場の隅にしつらえた打ち合わせ用の会議テーブルで、押井守監督と、キャラクターデザイナー・作画監督の西尾鉄也が差し向かっている。勿論テーマは、映画のヒロイン・草薙水素の髪型についてである。......
「そう言うと思ったよ。でもさァ......」
押井の説得を試みようとする西尾。何しろ、これから2年近くもつきあう映画のヒロインである。アニメーターにとって、主人公のヒロイン像が自分の主義主張(好み)に合っているか否かは、自らのパートナーを選ぶと同じくらい、重要な事なのだ。
西尾は、元・戦闘機のエースパイロットである草薙水素の髪型は、ショートカットが望ましいと主張した。キルドレであるが故に貫き続ける男勝りで強烈な想い。中性的で儚げなうなじのライン。現実的に考えても、ヘルメットを着脱する際に短髪が適しているだろう......と言う西尾に対し、押井は頑としてゆずらない。何しろ、後で聞くと、押井は西尾を説得する為に、あらゆる理論武装を固めてきたという。西尾にとって草薙水素が、2年にも及ぶ制作期間におけるパートナーならば、押井にとっても彼女は同じなのだ。プロデューサーの石井も、二人の攻防を、苦笑いしながら見守るしかなかった。
言わずもがな。実写映画において、主演女優が映画そのものの成否を決定づける様に、アニメーション映画においてキャラクターデザインは、シナリオと同じく重要な要素である。実写であれば、俳優という人間がそこに存在する。観客が生身の対象に感情移入するのは必然だ。アニメーションのテレビシリーズは、1話30分(実尺20分強)を、1クール(12話)2クールと重ねてゆく為、徐々に視聴者が感情移入をしてゆく事が可能だが、映画──特に「スカイ・クロラ」の様なオリジナル作品は、2時間という時間的制約の中で、手描きのキャラクターに共感し、感情を共にして貰わなければならない。
■ 「スカイ・クロラ」のキャラクターに必要だった3つの要素
何故、草薙水素はおかっぱでなければならなかったのか......その理由は後述するとして、押井が当時「スカイ・クロラ」のキャラクターをデザインする為に掲げたテーマは、以下の3点だった。
1.思春期の姿のまま、大人にならないキルドレというキャラクター像を、どうやって表現するか。
2.キルドレ達の抱く死生観、淡々とした日常を表現する為にどう「演技」をさせるか。
3.若者が戦闘機に乗るという、日本のアニメーションならではの独自性を、キャラクターアニメーション化せずに、どう表現するか。
あまり知られていない事だが、押井監督自身は画を描かない。勿論、絵コンテやレイアウトの修正の為に、自らのイメージを伝える為のラフ画を描くが、自らキャラクターデザインを起こしたりする事はない。世間一般では、アニメーションの監督は画を描くというイメージが強いようだが、本来アニメーションの演出家は、キャラクターデザイナーや作画監督と組んで、言葉を通して自らのイメージを具現化するものなのだ。
フランスの著名な映画雑誌「カイエ・デ・シネマ」の記者が、押井の作品を、こう評した事があった。
「押井作品のキャラクターは、監督自らがキャラクターを描かず、スタッフも作品ごとに変わっているのに、何故マモル・オシイ作品として、共通したイメージを持ち続けているのだろうか」
先に挙げた、「世界観」が、その理由のひとつである事は間違いない。押井作品に共通して流れる空間や時間が、作品ごとに異なるキャラクターの存在に、通底するイメージをもたらしている事は間違いない。しかし、それだけではない。先に述べた「世界観とテーマの一致」と同様に、伝えるべきテーマに即したキャラクターデザインを常に開発し続けてきたからこそ、スタッフが変わっても、押井キャラクターが、作品を越えて生き続けるのである。



