「スカイ・クロラ」制作記録 第5回 「妄想から世界が立ち上がる」前半
■ あのビルにミサイルが......
少々不謹慎なハナシだが、押井監督と街を歩いていると、突然立ち止まって、ボーッとあるところを眺めている事に気づくことがある。時に、移動中のJR中央線の車内だったり、新宿の高層ビルだったり。......
「何見てたンですか」
──と問うと、
「イヤ、あのビルに、こういう(身振り手振りで)角度からミサイルが突っ込んだらどうなるかな~って思ってサ」
「............!」
という具合だ。
映画監督にとって、描くべき主題、テーマを持ち合わせているという素養の次に重要な要素に「妄想力」を持ち合わせているか否かという点が上げられるだろう。かの宮崎駿監督は、彼のパートナーである鈴木敏夫プロデューサーが疲れて座っているところへやってきて、
「鈴木さん、黒い粉が(身体から)出ている!」
と叫んで、周囲を呆然とさせたと言う。
妄想から、映画のイメージが立ち上がる。それが、今回のテーマである。そして「スカイ・クロラ」において、押井監督が妄想の舞台の据えたのは、アイルランドの「空」であった。
■ 無から有は生まれない
先に述べたように、押井監督は「スカイ・クロラ」の主人公キルドレたちの死生観を表現する為に、映像表現そのものを、雲を境とした3DCGの空と、手描きの2Dアニメーションの地上とに分かった。シナリオ・キャラクターを作り込みながら、押井監督が次に探したのは、世界観を生み出すための具体的なロケーションであった。
リドリー・スコット監督の「ブレード・ランナー」に寄せた一文にあるように、これまで、誰も観たことのない世界を生み出すために、押井監督が常に心がけていること──それは、誰もが観たことのあるもの、観た者の記憶の中にあるもの、それらを組み合わせることによって新しい世界を作る、という事だった。
「真っ白で、ゴミひとつ無い建物の中で、皆同じ均一化したコスチュームを着た人々が暮らす世界──そうしたSF映画は多いけれど、何のリアリティもない。誰もが知っている世界の延長上にしか、世界は存在しないんだ」
押井の代表作「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」は、2029年の未来世界の物語だが、舞台のモデルとなっているのは、1990年代の香港の街である。今も昔も変わらない雑多とした人間のるつぼの向こうにそびえる高層ビル。そして、人々が電脳化されている近未来という設定。その組み合わせが、観る者に、現代の延長線上にある「未来」を感じさせるのである。
「スカイ・クロラ」において押井監督は当初、世界を中・東欧を中心に展開させたいと考えていた。原作から読み取れる舞台は、日本のようでもあり、アメリカの海岸線地帯のようでもあったが、いずれの世界も映画として表現するには映像的魅力に欠けると判断したのだ。日本のように、電信柱と灰色のコンクリートに覆われた世界では「スカイ・クロラ」で目指す世界を表現できない。かつてのヨーロッパの文化的中心であり、近年EUへの加入によってヨーロッパの経済的・文化的中心に返り咲こうとしている中・東欧で、新たな戦争が繰り広げられていたとしたら──。そんな妄想を、押井は抱いていた。しかしある日、映画の舞台をアイルランドに設定したい、と言い出したのである。
■ レシプロ戦闘機が格好良く飛ぶ世界
押井守の映画制作の特徴に、シナリオやキャラクターよりも前に、世界観の確固としたイメージがある、という事を述べたが、「スカイ・クロラ」において押井が妄想したのは、映画のもう一つの主人公とも言えるレシプロ(プロペラ)戦闘機が飛ぶ空のイメージだった。舞台をアイルランドに設定した理由を、押井はこう語った。
「レシプロ(戦闘)機の、一番格好いいところってわかる? 日本の戦闘機映画は、おそらく終戦のイメージが強いんだろうけど、入道雲の上の、何にも無い真っ青な空を飛ぶ映像ばかりだよね。でも違う。本当に格好良いのは、離着陸の時なんだ。風に流れる低い雲の合間から、スーッと散香(「スカイ・クロラ」で主人公達が乗る戦闘機の名前)が降りてくる......そんな映像を作りたい」
そして、世界中で、雲が低くたれ込め、風に流れる場所はアイルランドの空である、と言うのだった。暖流と偏西風の影響で常に雲がわき、一日の間に四季があると言われるほど天候の移り変わりの目まぐるしいアイルランドの空に「スカイ・クロラ」の戦闘機・散香が飛ぶ。押井の頭の中には既に、そんな妄想が広がっていた......。



