「スカイ・クロラ」制作記録 第6回 「妄想を具現化し、世界を設定する」前半
■ 独りきりの画コンテ執筆
2週間に渡るロケハンより帰国してすぐ、押井監督は熱海の自宅へこもり、約半月間をかけて、画コンテの執筆に入った。......
(実際にはロケハン前からラフを描き始め、構想を練り始めていた)その間、電話は御法度。連絡は全て、週に数回FAXにとりまとめて送り、その間、押井とコンタクトを取れたスタッフは僅かだった。作品のテーマを固める為にプロデューサーと語り合い、旅館にこもって脚本家と向き合い、メインスタッフと共にヨーロッパを旅した押井が、映画「スカイ・クロラ」の制作開始から初めて、独りになった時間だった。......
途中、一度だけ打ち合わせの為に、熱海へ出向いた事があったが、押井の書斎は整然と整理され、チリのひとつも落ちていないように思えた。当然、気になるのは絵コンテの進捗具合である。ぐるりを見回すと、押井の書斎机の傍らに、真っ白な画コンテ用紙の束と、描き終えた絵コンテが裏返しに積まれたトレイが見えた。
「押井サン、どれくらいのペースで描くんですか?」
──と問うと、
「一日10~20枚くらいかな? それ以上やっても集中力が続かない。画コンテって描くときに熱くなっちゃいけないんだ。冷静な頭で、淡々と描く。締め切り前に徹夜して一気に描いたって、自己満足するだけで良いものは生まれないんだよ」
聞くと、午前中は執筆の時間にあて、昼食をとり、愛犬の散歩をしながら午前の仕事を反芻し、午後はもっぱら再考や手直しの時間だという。「スカイ・クロラ」の画コンテは、2Dキャラクターの芝居場を押井が描き、空戦シーンは押井の指示を受け、メカニックデザイナーの竹内が担当した。1日平均15枚として、半月で約200ページ強。押井作品に通底する、どこか冷静で客観的なまなざしは、押井の、こうした画コンテ制作姿勢から生まれるのかもしれない。
■ 押井守の画コンテ作法
押井の手から「スカイ・クロラ」の画コンテが手渡されたのは、2006年10月4日。竹内の3Dパートの画コンテが合流して最終的に完成となったのは、10月31日であった。押井は、竹内の描いた空戦シーンの画コンテをカッターナイフでコマごとに切り分けて、必要なカット、不要なカットを切り貼りし、作品の全体像を作っていった。
ここで、アニメーション映画における画コンテとは何か──記しておこう。コンテとは、「コンティニューアティ(Continuity)=連続性・継続性」の略語で、文字通り脚本で監督が思い描いた映像を、4コマ漫画のようにカット割りして実際の完成映像が目指すべきカットの流れを連続して描いたものである。特にアニメーションは、実写映画のように実際のロケーションでカメラを回すことがない。全ての映像は、制作スタッフの手によって、真っ白な紙の上に描き出されなければならない。画コンテは、アニメーション映画の設計図とも呼ぶべき、もっとも大事な構成要素のひとつである。
押井守は演出家として、テレビシリーズも含めて膨大な数の画コンテを切ってきたが、
常に意識しているいくつかの流儀を口にしていた。
1.極力カットを割らず、レイアウトと空間で画面を成立させること。
1.画面の中を流れる、時間を演出すること。
1.映画的な「引き(遠景)の画」を盛り込むこと。
筆者自身、多くの画コンテを読み込んで来たが、完成した「スカイ・クロラ」の画コンテを読んで目をみはった。通常、劇場用の長編アニメーションは2時間の作品で1000カット~2000カットはあるのだが、「スカイ・クロラ」は、カット割りの多い空戦シーンを含めても800カット強と、極端に少ないのである。子細に読み込んでゆくと、キャラクターが会話しているシーンでも、極力カットが割られず、OFF台詞(画面の外から声が聞こえる事)が多用されている。
「カットを無闇に割ってもダメなんだ。カットが切り替わると、そこに流れる時間が寸断されてしまう。それに、映画の半分は音で演出しなければならない。画面外にキャラクターの気配や息づかいを体感出来ることこそ、映画的体験なんだ」
演出家なら誰しもが頷くに違いない。ハリウッド映画の影響によって、我々は映画的体験とは、アクションやサスペンスといったハラハラドキドキを、2時間楽しむ事だと感じがちだが、実際にアクション場では、映画的時間は停滞してしまうのである。
極力カットを割らず、大画面で映える引きの画面を配し、画面のレイアウト(後述)と音響効果を全て使って表現する。テレビと映画の違いとは何か。様々な定義があるが、映像と音の中に、時間と空間が充ち満ちているか否か、と言えるだろう。



