「スカイ・クロラ」制作記録 第7回「劇場アニメーションの誇り・作画」

■ 2Dセルアニメーションは頭を2段に分けて理解する

 少々乱暴な解説だが、筆者は、2Dのセルアニメーション(所謂日本のアニメ)の画面構造を理解して貰う為に、「頭の中を、2段に分けて欲しい」と説明するようにしている。1段目は、絵の具(ポスターカラー)で描かれた背景美術。......

もう1段は、その上に重ねられたキャラクターである。実写芸画であれば、前者はロケーション(撮影場所)やセットであり、後者は役者と言える。
 アニメーションは、単純に言えば、手で描いたキャラクターを、パラパラマンガのように、一枚一枚、連続して描くことによって動いて見える。故に、キャラクターを形作る要素は、線と面というシンプルな要素で構成され、面を「色彩設定」が着彩指示し、「仕上」スタッフが一枚一枚塗ってゆく事によって、色のついたキャラクターが動いて見えるのである。
 一方、背景美術は、画用紙に描かれた一枚の画である。横長や縦長の背景画を上下左右に引っ張ることによってカメラワークを表現している。3DCGIやデジタル技術の進歩によって、実際には様々な映像表現が可能になってきているが、基本となる考え方に変わりはない。

 画用紙に描かれた背景画の上で、線で描かれたキャラクターをパラパラマンガの様に動かす。これが、セルアニメーションの根本的映像表現の骨子だ。「サザエさん」も「エヴァンゲリヲン」も、その基本的構造においては同様である。キャラクターが、目が大きく、特徴的な造形的ディテールをともなっていれば、「萌え系」アニメに分類されるし、実写さながらの密度のキャラクターと背景ならば「リアル系」のアニメーションと呼ばれる。
 それでは、押井守監督作品のアニメーション的特徴とは何だろうか。よく、押井作品はリアル系に分類されるが、必ずしもひとくくりには出来ない。「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」や「イノセンス」と「スカイ・クロラ」では、キャラクターの密度やディフォルメの度合いも大きく異なっているからだ。
 結論から述べよう。押井作品のアニメーション的特徴の最も特筆すべき点、それは「画面の中に世界が存在するか──」である。押井守が最もこだわるレイアウト──背景には、ロケハンや膨大な資料を組み合わせた、妄想から生まれた世界を配し、テーマを演じるキャラクターをありありと存在させる。故に背景は実写さながらのリアルさを要し、キャラクターには、ドラマを演じさせる為、過度なデフォルメや萌えアニメ的造形を必要としない。
 アニメーションの世界で、最も早く「レイアウト=画面の構図」に注目し、未だその最先端を走り続けている押井守が「スカイ・クロラ」で目指した映像表現とは、何だったのか。


■ 匂い立つような情緒を表現したい 

kiroku_3.jpg 2006年11月9日、押井監督が描いた画コンテと、メインスタッフが積み上げた設定を元に、作画作業(作画イン)が開始された。作画インとは、監督と演出、作画監督が、原画アニメーターと担当カット(スカイ・クロラは50名弱の原画マンが、ひとり手持ち10~20カット前後を担当した)の内容を打ち合わせ、手分けして作業に入ることを指す。アニメーターはまず、押井の意図を表現する為に、「レイアウト」を描く。「レイアウト」とは、16:9(劇場のスクリーン上では、1.85:1)の画面の中に、背景・キャラクターを配置し、演技のプランを鉛筆で一枚の画に収めたものである。
 押井監督は全てのレイアウトをチェックし、黄色い薄紙を載せて上から修正を加える。たとえば、c28b(画像参照)に注目して頂きたい。主人公の優一が初めて基地に降り立ち、ヒロイン・草薙水素のいる司令塔をみやるカットである。このカットを担当したのは、高い技術を持った原画アニメーターで、彼は若干広角気味のレンズで優一を入れ込んで司令塔を配置していた。ご覧の通り、手前の優一と比較して、司令塔は遠くに見えている。押井監督はレイアウト修正において、優一と司令塔とを望遠レンズでとらえ、手前のキャラクターと司令塔との間が、圧縮されて見えるようなレンズ効果を指示した。この修正により、画面の情報量が増した事は勿論だが、次のカットで、司令塔の窓から優一を見つめるヒロイン・草薙水素のカットへ、観客の気持ちが繋がるように演出しているのである。「スカイ・クロラ」では、押井の指示を受け、西尾鉄也が全てのレイアウトに修正を行った。
 作画打ち合わせで押井が強調したこと。それは先に述べたように、キャラクターに無意識の演技をさせる事だった。「スカイ・クロラ」の本編尺は122分。前回、通常のアニメーション映画と比較してカット数が少ないという点を指摘したが、すなわちそれは、1カットの秒数が長い、という事になる。中には、1カット100秒を超えるカットもあり、アニメーション映画の平均カット秒数が5秒くらいであると言うことを考えると、1カット=30カットに匹敵したのである。

 「この作品で描きたいのは、情緒なんだ。水素が優一を見つめている時の、無意識の指の動き。優一の癖であり、おそらく何千回と繰り返してきた筈の、タバコにマッチで火を点す仕草。水素が優一を誘惑する為に、スーッとネクタイを外す動き......。これまで自分は、敢えてキャラクターを動かさず、レイアウトと長台詞によって映画の時間を演出してきたけれど、今回はとにかく動かすことで、匂い立つような情緒を表現したかったんだ」

 押井の目指した表現の為に集った原画アニメーターは、50人弱にもなった。各々が、業界を代表する手練れ揃いだったが、原画作業が開始されて間もなく、スタッフの中から、困惑と悲鳴が爆発した。今までにあり得ない程の長尺のカットの中で、どのようにキャラクターに演技をさせたらよいか解らない──というのである。
 例えば本編の中で、草薙水素が、優一の寝ていたベットに手を置き、ほおずりをするという長いカットがある。その間、水素が優一を想う気持ちを持続させながら、キャラクターは動き続けている。映画をご覧になる際は、長尺のカットにおけるキャラクターの微妙な動きに注目して欲しい。押井が、本作のテーマに掲げた、主人公・キルドレたちの気分を丸ごと描くこと。無意識の演技が、画面から立ちのぼっている事を、感じていただける事だろう。


■ 西尾鉄也の奮闘

 「スカイ・クロラ」の作画面で、最も大きな役割を果たしたのは、キャラクターデザイナー・作画監督の西尾鉄也である。作画監督とは、手分けして作業される原画を全てチェックし、キャラクターの表情や画面の構図、カットの繋がり等を考えてとりまとめる、作画面の最高責任者である。劇場作品は、その膨大な作画枚数を支える為に、数名の作画監督を立てる事が多いが、「スカイ・クロラ」において西尾は、ひとりで全カットに手を入れるという近年まれにみる仕事をやってのけた。押井はスタジオに入ると真っ先に、西尾の席へと足を向ける。自分で画を描かない押井にとって西尾は、自らの演出意図を作画面において実現する為の、最も重要なスタッフなのだ。
 各々の原画スタッフの苦労は相当なものだったが、西尾の背負った重責は、想像を絶するものであった。押井が全カットに提示したレイアウト修正に加え、今回はキャラクターに無意識の演技をさせるという、未だかつて本格的に試みられたことのない挑戦が、西尾の双肩にかかっていた。作画監督修正締め切りの、2008年3月の西尾のスケジュールは壮絶を極め、2週間スタジオにほぼ泊まり込み、不眠不休の作業が続いた。西尾の作業が全て終了したことを押井監督が知ったのは、米国・スカイウォーカーサウンドにおける音響作業の最中であった。
 
 加えて、「動画」の役割を忘れてはならない。動画とは、原画アニメーターが描いた、動きのキーとなるラフ画とラフ画の間をうめ、最終的に映画の画面に表示される綺麗な線で整える(クリンナップ)仕事である。キャラクターの演技が緻密になればなるほど、動画の負担は倍増する。全ての動画をとりまとめる動画チェックを担ったのは、押井作品の緻密な線を支えてきた西村潤子。並の動画チェッカーであれば数カットで根をあげる気の遠くなるような作業を見事にやってのけた。
 最終的に、「スカイ・クロラ」の動画枚数は5万枚近くにもなった。全840カット中、1/4は3DCGシーンであるから、驚異的な枚数である。