「スカイ・クロラ」制作記録 前口上

kiroku_1.jpg2008年4月19日(土)、押井守監督最新作「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」(以下、「スカイ・クロラ」)が、完成初号をむかえた。2006年11月9日(木)の作画イン(アニメーターが監督と打ち合わせを行い、紙の上に鉛筆でキャラクターを描き出すこと)より1年半。映画制作という長い長い旅に、ひとつの、大きな読点が打たれた。


 押井監督が「スカイ・クロラ」映画化の企画をあたため始めたのは、さかのぼること3年前、2005年春の事だった。知人より、森博嗣原作の同名小説を手渡された押井監督は、後に、「まるで、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』のようだ」と語ったように、主人公・優一の主観的心情によってつづられる若者の死生観を高く評価。しかし当時は、一人称で語られる映画小説を映像化するのは、様々な視点を必要とする映画には不向きと判断。「ずっとレシプロ(プロペラ)戦闘機の映画を撮ってみたかった」と、後ろ髪を引かれながらも、一旦は、当時複数持ち込まれていた企画候補の中にしまっていた。
 そんな押井監督の意を察したプロダクション・アイジー社長、石川光久(製作プロデューサー)は、本作のプロデューサー、石井朋彦に映像化の可能性を探るべく指示。企画制作をスタートさせる。2005年6月23日(火)の事だった。押井と石井は、毎週水曜日、押井が事務所を構えるJR中央線某駅近くの喫茶店で落ち合い、「スカイ・クロラ」映像化へ向けた、企画の検討を始める事となる。議論は毎回5時間を数え、17時間を越える事もあった。

 企画検討の初日。小説「スカイ・クロラ」を映像化するにあたり、押井が課題として挙げたのは、次の3点だった。

 1.主人公・函南優一の一人称でつづられる原作の魅力を、いかに映像化するか。
 2.大人にならない子供たち=キルドレを、どうキャラクター化するか。
 3.映画の世界観を、どうやって表現するか。

 1.は、文字で書かれた小説を、どうやって映画という2時間の枠に落とし込んでゆくか(=ストーリー)であり、2.は、未だ各々の読者の頭の中にしか存在しない主人公(=キャラクター)を、どう具体化するか、であり、3.は、映画の舞台と背景(=世界観)を、どう映像化するか、という事になる。
 ストーリーとキャラクターと世界観。映画における三位一体の構成要素を、いかに具現化するか──。ここに、押井守流映画制作の大きな秘密が隠されている。本連載では、映画「スカイ・クロラ」の企画段階から完成までの過程を追いながら、押井監督以下スタッフが、映画「スカイ・クロラ」をどのようにして作り上げていったかを記してゆく。(原作を未読の方は、映画公開前に、ぜひお手にとって頂きたい。森氏の著した「スカイ・クロラ」を、押井監督がどのようにして映像化したのか。公開までに、原作を読まれた上で想像を巡らせて頂くと、より映画を楽しんで頂ける事だろう)

 ひとつ興味深いエピソードを披露しよう。
「タイタニック」や「ターミネーター」シリーズの、ジェームズ・キャメロン監督が、押井監督と面会した際に、こう語ったという。「あなたの映画の作り方は、我々と逆だ。ハリウッドではまず、キャラクター(=キャスティング)があり、シナリオ(=ストーリー)があり、最後に、ロケーションとセット(=世界観)を作り込む、という順番で映画を作る。しかし押井守の映画は、世界観がまず先にあり、その後にストーリーとキャラクターがある(ように見える)。ハリウッドではあり得ない作り方だ」と。
 映画「スカイ・クロラ」は、森博嗣氏の原作を映像化した作品である。故に、先に挙げた、ジェームズ・キャメロンの例を、そのまま当てはめる事は難しい。しかし、ハリウッド映画を中心とした多くの映画が、キャラクター先行で作られるのに対し、「スカイ・クロラ」において、押井監督が、森氏が著した壮大な物語を映像化する為にまず取りかかったことは、世界観の構築に他ならなかった。
 押井監督は言う、「歴史に残る映画には、ひとつの条件がある。それは、作品のテーマと、世界観・映像表現が一致している事だ。自分はいつも、それを目指して映画を作っている」。
 映画は公開時、社会的背景や宣伝展開、雑誌・新聞の記事やテレビにおける紹介、評論など、様々な二次的情報によって、良かれ悪しかれ、その存在を規定される事となる。しかし、10年後、20年後にその映画が、世界のどこかの劇場で上映された際に、観客に与えられる情報は、作品そのものにしか存在しない。世界観とストーリーとキャラクターが、作品のテーマと結びついている時、初めて映画は、歴史にその名を残す事が出来る、というのだ。
 押井監督が「スカイ・クロラ」で描こうとしたテーマとは、何だったのか。そして、そのテーマをどう映像表現として昇華させようとしたのか。次回、第1回は、「僕は今、若い人たちに伝えたい事がある」と題して、押井監督が企画検討の初期に掲げたテーマと、映像表現に関する試みについて、書いてゆきたい。