『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』押井守監督記者会見

report4.jpg2007年6月20日(水)、東京・内幸町の、ワーナー・ブラザース映画試写室にて、「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」の、押井守監督記者会見が行われた。
会見開始の1時間も前から、試写室前には長蛇の列が出来、新聞・雑誌・テレビ・WEB等、多くの取材陣が詰めかけ、会場は、空調が効かなくなるほどの超満員だった。

●押井守監督 挨拶

今日は暑い中、お越し頂いて、ありがとうございます。
想像していたよりも大ごとになって、少し緊張しています。今日はビリーズブートキャンプのおじさんが来日するとかで、そんなに人は来ないのではと思っていたのですが(笑)、今日はたっぷり話せと言われているので、時間をオーバーしないように喋ります。
よろしくお願いいたします。

●特報の最後を「僕は今、若い人たちに伝えたいことがある。」というメッセージで結ばれていますが、この映画の制作に至った経緯や、映画を通して伝えたいこと、制作の進行状況についてお話しいただけますでしょうか?

特報と(会見の)資料を読んで頂いたと思いますが、飛行機……戦闘機が登場する世界の話しです。また例によって戦争かと思われるかもしれませんが、そうではなくて、今回は(戦争は)背景に過ぎず、若い人、外見上は16〜17歳のそれ以上年をとらない男の子と女の子が、架空のヨーロッパで戦闘機に乗って戦うという、愛と生と死の物語です。前から、恋愛映画だと言い続けてきて、誰も信用してくれなかった(笑)。今日は、経緯を簡単に説明します。

前回『イノセンス』という大変疲れる(笑)映画の制作が終わってから、次は何を作ろうかと思ったときに……正確には『スカイ・クロラ』の制作に入る前に、『立喰師列伝』というのがあったのですが、それは半分なかったことになっているみたいなので(会場爆笑)、忘れていただくとして、二年ぐらい前、ある人に、森さんの「スカイ・クロラ」という文庫本を渡されて、読んでくれと言われました。帰りの電車ですぐ読んで、久し振りに小説を読んだというのもありますが、素晴らしい小説だと思った記憶があります。一種、若い人の一人称で書かれた物語でした。これを、アニメーションでやらないかというお話しだったのですが……一度は、お断りしました。
僕はこの間、おじさんやおばさんを主人公にした映画を作り続けてきて、半ば意地でやっていた部分もありますが(笑)、アニメーションというジャンルにも関わらず、わりと30歳から上の人を主人公にしてきました。以前から、戦闘機を道具として映画を作るということには興味がありました。しかし、若い人の物語を自分がやるということに疑問があって、一度はお断りしました。でも、ある出来事があって、考えが変わりました。だいたい僕の「気が変わった」時は概ね上手くいくというジンクスがあるんです。『パトレイバー(機動警察 パトレイバー 劇場版)』のときも一度断ったのですが、気が変わってやったら自分の運命が変わったということもあり……結局、引き受けることにしました。

report1.jpg今回に関しては、まず、自分で脚本を書くことをやめようと決めたんです。自分で本を書けば間違いなく『イノセンス』と同じになることがわかっていたからです。
たまたまあるイベントで、行定勲君という監督に出会って……実は僕の昔の実写の現場で助っ人として美術で来てくれていたことを忘れていたので、実際は再会だったのですが、伊藤ちひろという当時23歳だった若い脚本家を紹介されて、彼女でやってみようかなと思ったんです。この際だから思い切って若い、女性の脚本家とやってみよう、と。今回は少し宗旨替えをして、若い女性の脚本家と一緒に組んで仕事をしてみようと。
なぜそうなのかというと、結局今まで僕がやってきたスタイルでやる限り、多分若い人の物語はできないだろうと思ったんです。一種の自己韜晦というか、ペダントリーで映画を作りあげると、どうしても親父の繰り言になってしまうと思って、若い人の物語をやるために、自分に何が必要かと考えた訳です。
去年の秋頃から伊藤ちひろと組んで脚本の開発を始め、ほぼ決定稿に近いものが出来た段階でロケハンに行きました。行った先はアイルランドとポーランドです。原作の舞台は日本ですが、ヨーロッパに持っていった方が良いのではと判断しました。アニメーションなので、世界設定というか舞台が見えないと勝負にならない。ヨーロッパでも一番なじみのある国、今まで何度も映画のためにロケハンし、個人的にも気に入っているアイルランドとポーランドを舞台にやってみようと思い、2週間ほどかけて回ってきました。
それから絵コンテを完成させて、(昨年の)11月頃から現場作業に入りました。
現在レイアウトが95%くらい終わったところで、大変順調に推移しています。僕が手がけたアニメーションの現場の中で、一番上手く行っていると思います。スタッフも半分くらい世代交代して、現場の空気も大分変わりました。キャラクターデザイナー・作画監督も西尾(鉄也)君という、I.Gのホープであり、今のアニメ業界のホープである彼を現場の中心に据えて、日々机並べて仕事をしています。

先ほど特報にもありましたが、「今、若い人に向けて語るべきことがある。」と書かれて、正直すごいこと言っちゃったなと思っています(笑)。
昔からこの仕事をしているので、特に若い人向けの雑誌の取材を受けるたびに、若い人に向かって何か言ってください、と言われてその度に困ってしまうという経験を何度もしてきました。実は僕の中に若い人に向かって言うことが何もない。正直言って自分のことで手一杯。若い人に何か言ってあげるほど余裕がなくて、今自分が思うところで一杯である、という。その中には、世界の行く末や日本の行く末など途方もないことも全部含みますが、一人の男として、40〜50年生きてきて、今だに自分のことで手一杯な訳です(笑)。
そのような人生を生きてきているので、若い人に何か言ってくれと言われても、何もないという話をしてきました。しいて言えば「健闘を祈る」。その一言で、今までずっと済ませてきたんです。

report3.jpgなぜ今回に関して宗旨替えしたかというと……実は、宗旨替えだと思っていないのですが(笑)、いくつか動機があります。
これは個人的なことで恐縮ですが、僕には別れて暮らしていた娘がいて、彼女が社会人になり、ほぼ20何年ぶりかに再会したんです。それが一番大きかったですね。僕も人の親だったんだということに気づかされたという事もありますが、初めて若い人を身近な存在に感じられたということがありました。アニメスタジオにも若い人間はたくさんいますが、彼らはあくまでスタッフであって、一人の若者として見るということをほとんどしなかったし、尚且つ僕の現場は高齢化も進んでいました。久し振りに今、若い人たちは何を考え、どのように生きているのかということを考えました。もちろんそれまでも、頭の中では、世の中の流れの一貫として考えてはいたけれど、身近な存在たりえなかったんです。
僕も55年生きてきて、監督と呼ばれるようになって30年弱になりますが、ようやく何か自分なりに生きることの現場というか、本質とはあえて言いませんが、生きる現場にいるという実感が遅まきながら出てきた。それを何かの形で伝えたいという思いも実はありました。それをくどくど語るのではなく、何か一つ、前向きとはあえて言わず、積極的に語ることがあると思った時期でもあったと思います。去年から今年にかけて実は色々な事件が僕のまわりで起こって、ガブ(13年7ヶ月生活を共にした愛犬ガブリエルが、4月3日(火)に永眠)も死んでしまったし、久し振りに再会した娘もさっさと結婚してしまったし、僕の中で一種、生きるということがちょうど1シーズン終わってしまった。僕の人生の四季というものが一周されてしまったという気がしたんです。ひとりの55歳の男として、若い人に何が言えるのかと考えたときに、別に説教をたれようとか、ためになることを言ってあげようとか、希望を語ってあげようとか、依然として思わない。そのようなことは誰にも出来ないのであって、世の中にはそのような本もたくさんあるかもしれないけれど、僕自身若い時はそのようなものを軽蔑していた人間ですから(笑)。
ただひとつだけあるのが、一応長くこれだけ生きてきて、それなりの経験も積んで、様々な経験した上で、ひとつだけ何か語れるような気がしたんです。
希望と言えるかどうかは別として、やはり人間というのは、「とりあえず生きてみる」ということが大きな値打ちを持っているのではないか、と思うのです。
今の日本は、色々な自由が目の前に広がっている、色々な選択肢が広がっているように実は見えるのかもしれないけれど、ある意味で言えば職業選択の自由は限りなく広いにしても、生き方の選択は実は限りなく狭いのではないかと。恐らくそのことに本能的に気づいているが故に、若い人たちは、自分の未来に関して限りなく留保したいという衝動に駆られているのではないかとずっと前から考えていたんです。とりあえず今できることは、自分の将来の可能性を全部含めたところで、全てを留保しておきたいという願望が恐らくあるような気がします。
そのような渦中にいる人間に対して、僕ができることは一つ、背中を押してあげることだと思ったんです。決して、良いことだけが控えているわけではない。多分人生は誰にとっても辛いものであって、今の小学生で言えば小学生なりに辛い人生を送っているだろうし、親は親でそうだろうし、これから老後を迎えていこうという人間にとっても、今の日本はいろいろな意味で生きることが辛い世界。それは日本に限ったことではなくて、人間にとって、生きるということは基本的には辛いことなんだということは間違いない。ただその中で、ただ単に辛いだけではもちろんない。僕が最近思うことは、不幸になることさえ恐れなければ、あるいは不幸になる事を覚悟すれば、さらに積極的に言って自分自身が不幸になるという権利を行使する意志があるならば、恐らく人生というものは自分にとって情熱の対象になるのではないかと思っています。
どこかの巨匠のように明るい未来を語るとか、子供に未来を託すとか僕には依然としてないのだけれど、人生というのは幸せになることも不幸になることもあわせて人生なんだという、不幸になることは実は人生の醍醐味の一つなんだと僕は最近考えるようになったんです。
恐らくそれは僕の、人生におけるあるシーズンが一巡りしてしまった、やっと更年期が終わったということがあるのかもしれません。『イノセンス』のころは体が絶不調でしょっちゅう倒れていたから、今思えば更年期だったのかもしれない。僕自身もこの一年間で体を鍛えることから始めて、もう一回生き直すということを始めようと思っていた時期です。愛した人間や愛するものを失ったり、離れていったりといったことを含めて、僕の人生はちょうど一巡りしたのだと。だからこそ、自分がそういった立場にいるからこそ、これからもう一度生きてみようと思うからこそ、若い人に向かって今がものを言うチャンスだと思ったんです。単に年長であるとか、社会的にそういった立場にいるからとか、そういった形で若い人に向かってものを言うとか発言を求められるというのではなくて、ひとりの人間として色々なことをやってきて、それなりにわがままに好き放題な映画を作ってこられた幸せな人間かもしれないけれど、幸せなことも辛いことも不幸になることもあった。そんな人生が一巡りしたところで、もう一度生きなおしてみよう、ある意味違う人間として生きなおしてみようと思っていた時期だからこそ、今若い時に考えていたこととは違う、今生きている若い人に何かものを言う最後のチャンスかもしれないと考えてこの作品を引き受けることにしました。


report5.jpgそうでなければ、恐らく戦闘機であり、架空のヨーロッパ戦線と聞けば、僕がこれまで作ってきた作品を知っている方々には、だいたいどんな映画になるかすぐ想像がつく(笑)。僕自身もそれがわかってしまった。それはいったん捨てて、そういう可能性を全部捨てることから始めてみようと思いました。伊藤ちひろの書いた脚本が非常に素晴らしいもので、僕も一緒に共同開発したわけだけれど、恐らく僕だったらこの本は書けなかっただろう。その本を基にして、今まで僕がやってきたアニメーションの技法も、どこかで一新したい。と言っても同じ監督だからどこかでその名残はあるかもしれないけれど、積極的に人と人が関わっていく物語、ドラマというものをきっちりと演出してみようと。そこから映画を作るということを含めて、人生を生きなおすことを始めてみようと思ったんです。
実に真面目でしょ(笑)。自分でも意外なくらい真面目になっているんだけれど、この作品は僕にとっては恐らく転機になる可能性があると思っています。自分自身どういった作品になるのか非常に期待しています。ダメだったら辞めようと、ダメだったら元の自分に戻って、相変わらずペダントリーとうんちくと、シニカルに偏った戦争映画しか作らない監督になろうとか、意固地に考えてもいます(笑)。
今回妙に自分の中で、非常にエモーショナルな動きが芽生えたというか、恐らく今流行っているような思い切り泣ける映画になるかは別として、非常に切実なドラマになるのではないかと思っています。だから今まで僕が作ってきたものを期待されるとちょっと違うかもしれないし、そんな人は少ないからそれでいいのだけれど(笑)。僕にしては珍しく、わりと本気でドラマに取り組もうというのが最大の動機だったんです。
子供の恋愛だからこそ、僕はドラマになると思っている。若い人たちにとって人生で一番語りやすいというか、一番興味を持てるであろう恋愛に絞って、真正面からやってみようと思います。
柄にもなく、今回はラブシーンとか濡れ場に挑戦しました。現場の連中が驚いていました。どうしちゃったんだって。最近どうしちゃったんだって良く言われますが、それを必要だと判断したからなんです。僕自身、もう一回色っぽく人生を生きてみよう、艶のある人生を生きてみようと最近思いなおしたんです。最近妙なところに通って体を鍛え始めたのもそれが最大の動機です。確かに人間というのは単純なもので、体を絞られるだけで世間が違って見える、目の前にいる人間も違って見える。人生ってそういうことなんだ、やっぱりモニターの前に座っているだけでは人生にはならないんだ。単純なことかもしれない。そういった単純なことも含めて、若い人に伝えることは可能なんだという気がしたんです。

もしかしたら僕の監督というキャリアの中で今しかないのかもしれません。中身に関してはいずれ形になっていって観ていただくことになると思いますが、今抱負を語るということで、結構僕は今回真面目です。いつも真面目なんですが、なかなか僕は真面目だということを理解してもらえないだけなので(笑)、ただ今回は逃げも隠れもしません。今までは適当にはぐらかしたり煙に巻いたり、判りそうになるとはぐらかすことを公私共にやってきたので、詐欺だのペテンだの散々言われてきましたが、今回に関しては額面通りの映画です。監督として機能しようと思っています。そういった意味で僕にとっては転機になる作品であり、監督としての技量を試される作品だと思っています。

report7.jpgペダントリーとかそういったことではなくて、情緒的な映画を目指します。ゆったりと流れる時間の中で、若い男の子と女の子の気持ちが徐々にうねっていく、そして破局を迎えるという話です。なかなか良いんじゃないでしょうか(笑)。僕はやってみて我ながらなかなか良い話だと思いました。単純に55歳のおやじがそう思っているだけかもしれませんが、誰にとっても実はそれは若い人だけの問題ではなくて、30代40代、あるいは50代とかそれぞれの年代にとって、人生を生きるということは、意志の問題なんだと。生きようとする意思をどういった形で実現していくのか。それは様々な形があるのかもしれないけれど、どこかで共通してあるのは、仕事上のことであれ、家庭のことであれ、あるいは恋愛という形をとったものであれ、最初に言った不幸になるという意思ですよね。不幸になっても構わない、むしろ不幸になることを含めて人生の価値なんだという、捨て身の人生を生きる情熱みたいなものを若い人に知ってもらいたかった。人生を留保することは傷つかないで済むかもしれないけれど、傷つくことを恐れて生きることはできない。さらに一歩進んで傷つくことこそが人生なんだ、だから破滅することが恋愛の究極である、ということと同じです。決して恋愛することは人を幸福にしない。あえて心理状況を追い詰め地獄を見させることが恋愛なんだ、若い人にそういった面を見せつけたいという若干の悪意も入っているわけですけれど(笑)。そういったことを今回はテーマに据えて、最後までやって見ようと思っています。

スタッフに関しては、作画監督に西尾鉄也というアニメ業界の第一人者を起用して、昨今のアニメにしては珍しく、キャラクターデザインから、実際の絵一枚一枚に描かれるキャラクターの絵柄を取りまとめる作画監督まで彼一人でやっています。全レイアウト、全原画に彼の筆が入ります。これは今の彼にしか出来ない、恐らく5年後には体力的に許さないだろうと思います。キャラクターも彼が描いて、絵柄的には彼で統一した作品になります。そういった意味で西尾鉄也という、僕からすれば若いアニメーターに懸けようと決めました。
美術の方は新鋭の永井一男君という非常に素晴らしい美術監督に出会えたので、今回アイルランドやポーランドの空であるとか難しい背景が多いのですが、僕としてはめずらしく、建築系ではなく自然を背景に選んでいます。これも大きな転機になるのではと思います。
音楽は例によって川井憲次。特報でも片鱗に触れていますが、今回は変わった音楽にしようと思います。
半分はいつものベテランたち、半分は若手という現場における世代交代もちょうど来たという、様々な意味合いにおいてこの作品はターニングポイントになることは間違いないと思います。
例によって、微妙に順調に遅れているというか、ちょっと気を許したとたんに破滅するという現場ではありますが、何とか最後まで、彼らと一緒に完成に向かって仕事をしていきたいと思います。抱負というか決意表明みたいになってしまい恐縮ですが、僕の方から今作に懸ける意気込みをお話させていただきました。

以下質疑応答。

●『イノセンス』では、背景のかなりの部分をCG処理していたのが印象的でしたが、今回の作品に関してはどうなるのでしょうか?

report2.jpg最初は、CGを全部使わないようにしようかなとも考えていたんですが、結果的にはそれなりに使っています。ただ、必要に応じて使っているだけで、それ自体をテーマにはしていません。先ほども言いましたが、アニメーションの中で如何に情緒を表現していくか、なお且つ実写以上にゆったり、まったりとした時間が流れている中で、人間たちが徐々に触れ合っていくということを表現しました。僕は最初ヴェンダース(ヴィム・ヴェンダース監督)のような表現をと思っていました。そのような表現がアニメーションで可能なのか、しかも単調ではなく、確実な時間が流れていることを表現するにはどうしたらいいのかということを考えました。これには、色々な方法を試みています。もちろんCGによる表現が必要であれば試してみるわけですが、今回はそれが必ずしもテーマではありませんでした。
戦闘機という重要なアイテムが出てくるのですが、これに関しては今可能なCGの技術をすべて取り入れています。恋愛映画であり、情緒的な映画ではありますが、戦闘機は戦闘機で結構気合を入れて作っています。今まで誰も見たことがないような空中戦にしようと思っています。実際にそういう意気込みで作っていますので、すごいことになっていると思います(笑)。原作を読んだ方はご存知かもしれませんが、レシプロ(プロペラ)戦闘機の世界なので、一番描き甲斐があるんです。昨今の映画でレシプロ戦闘機をメインにした作品はそんなに記憶にないですね。レシプロ飛行機が持っている独特の魅力は、人間の身体の延長感とか、筋力で飛行機を操っているような醍醐味だと思います。それと、如何に空で戦うことが過酷な世界であるかということを表現しました。何時死ぬか分からない戦争という中で、死の可能性を背負って生きているという主人公たちの在りようを表現するためにも戦闘機による空中戦の世界は、力いっぱいやっています。僕は飛行機ものをやるのが夢でしたし、この作品をやるにあたっての動機にもなっています。恐らく今まで誰もやったことがない空中戦が見られるだろうと思っています。空中戦に関しては、宮さん(宮崎駿監督)よりも自信があります。あの人は自分が一番上手いはずだと主張しているけれど(笑)。
僕が飛行機を面白いと思ったのは、実は今回の映画のテーマが子供たちであるということも関係しています。外見上は16〜17歳の高校生だけれど中身は歳を重ねている大人という、そんな大人にならない子供たちにとっての最高のオモチャが戦闘機なんです。そういう意味でCGはアニメーションにとってのテーマになるわけではなく、如何にそれをこなして使うかという時期にきているのだと思います。『イノセンス』の経験値が残っていますし、「『イノセンス』に比べればまだ今回の方が楽だ」が、最近の現場での合言葉にもなっています(笑)。勿論、『イノセンス』と違った難しさがあります。つまり空の雲をどのように動かすかとかですね。これは新しい技術に挑戦しています。だからといって新しいから難しいという訳ではありません。さり気なく時間を表現するためにはどうしても雲を動かさないといけないのですが、そのためにはある程度の時間が必要になってきます。3、4秒で雲を動かすのは不可能ですから。今回は、映画の中に流れる時間を意識して、絵コンテを切りました。

●「若者に言いたいこと」がテーマの映画ということですが、監督が昨今の若者で気になるような事や事件などありましたら教えてください。また、日本が世界に誇る監督である宮崎監督の作品『崖の上のポニョ』と同じ年に押井監督の作品が公開されることに関しては、意識されているのでしょうか。

report10.jpg最近の若い人の話ですが、何しろ一番大きな出来事は娘が結婚したことです。これは、衝撃というよりやられたという感じです。「もう、いっちゃうんだ。たった2年しか付き合っていないのに」という思いでした。とは言ってもたまに会ったりもしています(笑)。やがて、もしかしたら孫が生まれたりしてと考えて、考えた瞬間に凍ってしまいました。娘の結婚までは想定していたのですが、孫のことについては全然考えていなかったんです。如何に未熟な男であるかというか、人生を真面目に生きてこなかったかという証拠ですね(笑)。

たしか先週、家に帰ってテレビを見ていたら「アキバ2.0」と呼ばれる若い人たちを扱った番組をやっていて、これがとても面白かった。「アキバ2.0」ってなんだか分かりますか? 「2」次元が大好きで性体験「ゼロ」という男の子たちのドキュメンタリーだったんですが、変なコスチュームを除けば、みんな綺麗な顔をしていました。萌え系とか美少女ゲームとか、アニメーションのキャラクターを演じきることに情熱の全てを傾けていて、童貞でいなければいけないらしい。みんな綺麗な顔をしていて、摂生もしているし、颯爽としているんですよ。引きこもっている訳ではなく、堂々としていて、胸を張って歩いているんです。どうやら50歳まで童貞を守ると大魔導師になれるという伝説がアキバではあるらしいですが(笑)、それを嬉々として語っていて、世に言うキモイオタクとはだいぶ違って、僕はなかなか良いんじゃないと思いました。実践できるテーマを持っているのは良いなと。50歳になって大魔導師になるのは無理だと思いますが(笑)。
ただ思ったのは、大魔導師になって何をするという話は遂に出なかったですね。ああ、この子もそうなんだと。何者かになりたいという欲求は熾烈なものとしてあるんだろうけれど、何者かになるということ自体がモチベーションになっていて、何者かになって何をするかというのが依然として何もないんです。それが非常に象徴的だと思いました。

report9.jpg映画監督になりたいという若者は数多くいますが、どんな映画を撮りたいのかを明確に答えられる人はほとんどいません。僕にとって何者かになるということは、世の中に対して確固としたリアクションを起こす人間を指しています。世の中に自分の席があるということだけが、何者かになることではない訳です。
確かに世の中に確固とした席を持っている人はいます。でも、お金を儲けることによってであって、そのお金によって何をするかということは示さない人が多いように思う。稼いだお金は、更にお金を儲けるための資源にしたということに過ぎない。それが現状なんだという気がします。
それが、これから人生を始めようとする人間にとって最大な課題なのではないでしょうか。何者かになることは大事かもしれませんが、何者かになって何をするのかということが大事なんです。これは残念ながら自分で見つけるしかありません。誰も教えてはくれません。何者かになった後にどうやってそこから戻って来るかも、誰も手を貸してはくれません。何者かになった後、拘置所に入るのか、それとも引退して悠々自適に暮らすのか、稼いだお金で更に大きなことをやるのか、いずれにせよその場に立ってみなければ分からない、これが人生なんです。結局最後の選択は自分でするしかないんです。だからこそ生きることに醍醐味があるんです。
ですから、どんなに鮮烈な言葉も、サンプルになるものはないんです。自分の人生のサンプルになるものは何もない。自分の手でひとつずつ確かめるしかないんです。でも、あの若い子たちはなかなか良いと思いますよ。意外にもハツラツとしていましたし。その大魔導師になろうとしている人の妹がメイド喫茶のメイドで、これがさらに笑えたんですけど、「お兄ちゃんには真っ当に生きて欲しい」と言っていました。ああ、やっぱりその自覚はあるんだと思いましたね。

それとあのジブリの巨匠(宮崎駿)の話なんですが、どうしても昔からの巡り合わせとして、結構バッティングするんです。思い起こせば『ビューティフル・ドリーマー(うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー)』も『パト2(機動警察パトレイバー2 the Movie)』もそうでしたね。節目節目になると必ずバッティングするんです。昨今は、あの人と喧嘩するのも疲れてしまうのでほとんど会ってないのですが、僕は縁だと思っています。何だか知らないけれど、お互いが転機になったときに必ず映画の公開がバッティングするんです。漏れ聞くうわさによると今やっている『ポニョ(崖の上のポニョ)』も宮さん(宮崎駿)にとって転機の作品のようです。僕はバッティングすることに関しては構わないし、面白いと思っています。競合するとも思っていないし、お互いにまだやっていたのねという感じです。逆に言うと、これは余計なお世話になりますが、未だに宮さんと僕でいいのかという気がします。世の中に喧嘩を売ろうという種類の第三の監督が未だに出てこないというのは、僕や宮さんにとっては幸いですが(笑)、この先困るのではないかなというのが本当のところです。そういう意味で『スカイ・クロラ』と『ポニョ』はどこかしら似ているような気がします。『イノセンス』と『ハウル(ハウルの動く城)』が似ていたように似ているような気がします。何だか知らないけれど周期的に思考が一致するのかもしれないです。とは言え、蓋を開けてみなければ分からないですけれども。

●ボイスキャストについて決まっている限りで良いので教えてください。

僕の頭の中では色々想定してます。でも、正式に決まっているキャストは一切いません。僕は基本的に声のキャスティングというのは作品本位でやってきました。私情も挟まないですし、興行上の理由でも選んでいません。声優さんは僕がいつも頼りにしているベテランの方々が中心になると思います。それ以外で、今回考えられるのは主人公たちですね。外見上は16〜17歳で本当の実年齢は分からない。彼らの声をどう表現するのかが最大のハードルだと思っています。キャラクターに色が付いて、動き出してから最終的にもう一回考えます。ただ脇で出てくる渋いおばさんとかおじさんは、僕の頭の中では決定しています。日テレさんその他、製作委員会の方々と相談しながら、最終的には自分で決めたいと思っています。主人公は草薙水素(クサナギ・スイト)というかなり複雑で破滅的で情熱的な女なんですが、正直言って全く当てがありません。これから考えます。

●押井さんは今までもおじさんやおばさんの恋愛を描いていましたが、今回は若い人の恋愛を描くということで、何か経験が反映されているのでしょうか?

report6.jpgアニメーションという表現の中でどこまで男と女のエゴのぶつかり合いや地獄のような恋愛を表現するかを考えたときに、真っ先に思い浮かんだのがフランソワ・トリュフォー監督の『隣の女』という名作でした。未だにあれ以上の恋愛映画を見たことはないです。昨日もフランスの映画雑誌の記者ともあれが最高の恋愛映画だという話をしました。相手を殺さないと完結しないという、僕が考える恋愛はそういうものです。
そのために、今回は敢えて直接的な表現を随分選びました。しぐさやちょっとした目配せというのはこれまで散々使ってきたテクニックで、おじさんやおばさんだとそれで充分なんですが、若い人の恋愛なので肉体がきしむような表現を試み、コンテに書きました。実際にどのようになるのかはこれから出来上がってくるのを待っているわけですが、何箇所かで試みています。今までサボってきた世界だったので、結構大変でした(笑)。でも、同時にだからこそ良いのかなとも思っています。アニメーションというのは本当の恋愛を描いてこなかった。可愛い子とハンサムな男が出会って、色々とあったけど一緒になりました、というのは恋愛ではありません。恋愛とは、出会って深みにはまった所から始まるのであって、どう恋愛の落としどころを表現するのかということですよね。恋愛は行く末を描かなければ、恋愛を描いたことになりません。わが国にはそれを表現する「心中モノ」という伝統があるわけです。ひとつの落としどころとして見事なのですが、だからこそ時の権力に弾圧されたりもしたわけです。つまり、恋愛というのは反社会的な行為なんだと。それだけはきっちりと描きたいと思ったんです。だからこそ若い人は恋愛に憧れるわけですし、身を滅ぼすのかもしれないですね。これは是非やりたいと思ったことで、今だからこそできることかもしれないです。
今は体力も気力も非常に充実しているので、人間として色っぽくなっていると思います。こんなこと言ってもしょうがないですね(笑)。今まで55年間生きてきて、今が一番色っぽくなっている気がするんです。不思議ですね。若い時は大飯食っていただけという気がします。ホルモンは溢れかえるほど溢れていたんですが、それは色気とは関係ないですよね。色気はようやく最近になって分かったというか、自分の中にあることにやっと気が付いた感じです。
恋愛を如何に表現するかと言うのは今回の重要なテーマで、避けて通れませんでした。全部真正面からやるということで、自分に可能な表現をやったつもりです。それがどう見えるかは結果として、アニメーションでやったことはないでしょうね。といってベッドシーンがあるわけではないです。それは逆に無効であって、あまり意味がないと思います。いずれにせよ、僕にとって濡れ場と空中戦は気合を入れて真面目にやりました。もちろん他のすべても真面目にやりましたけれども、二つは特に真面目にやりました。


●海外の観客は意識していますか?

中身に関しては、特に海外を意識はしていません。あくまで日本の若い人に見てもらおうと思っています。架空のヨーロッパ戦線が舞台ですが、現実にもアメリカやヨーロッパに戦争を請け負う民間の会社が存在するように、架空の戦闘企業に所属する日本人部隊のパイロットという設定です。逆にヨーロッパではどのようにとらえるのでしょうね。
今の日本が輸出可能なのは、アニメと漫画、ゲームといった「イメージ」ばかり。恐らく最後に日本が表現可能なのは戦争のイメージだけだと考えています。実際、アニメや漫画、ゲームの多くは、戦争を描いてきた訳ですから。
内容に関しては日本の若い人に向けています。映画は海外でどう受け取られるか予め予測して作ることは不可能ですから、やるだけ無駄です。これは一般のお客さんには関係のないことかもしれないですが、アニメーションは元々国籍の表現が不可能だったんです。でも今回は、できるだけ日本人とアイルランド人、ポーランド人の顔を描き分けるという無謀なことに、西尾鉄也が挑戦してくれていますので、ご期待ください。