「スカイ・クロラ」制作記録 第5回 「妄想から世界が立ち上がる」後半
■ アニメーションにおけるロケハンの意義
2006年9月10日、「スカイ・クロラ」のメインスタッフは、押井が映画の舞台に据えた、アイルランド・ポーランドへと出発した。......
メンバーは、監督の押井、演出の西久保利彦、キャラクターデザイナー・作画監督の西尾鉄也、美術監督の永井一男、カメラマンの坂崎恵一、プロデューサー・石井の5名。アイルランド横断に5日間、ポーランドに5日間──移動や休息も含めて2週間に渡る旅である。押井は当時、アニメーション映画としては異例の長期にわたる海外ロケハンの必要性について、こう語っていた。
「ロケハンとは、単純に映画のモデルとなる場所を探して、写真やビデオに収めるだけじゃない。2週間という長い期間を、メインスタッフと共に同じ飯を食い、共に旅する事で、見えてくるものがある」
後に押井監督はアニメーション映画におけるロケハンの重要性について、三つのポイントを挙げていた。
1.舞台のモデルとなる場所を、具体的に見つけること。
2.旅をしながら、監督自らの「妄想」を膨らませること。
3.メインスタッフ各々の特性を深く理解すること。
1.に関しては言うまでもない。実写のロケーションハンティングと同様に、脚本を携え、実際に映画の舞台となりうる場所を写真や映像に収め、持ち帰ることである。しかし、押井流ロケハンの神髄は、1と、2で挙げた「妄想」との組み合わせにこそ存在する。先に述べたように押井は、今まで誰も観たことのない世界を作り出すために、実際の風景と風景とを組み合わせることを信条としている。非現実は、現実と現実との組み合わせの中から生まれる。否、そこに「妄想」というスパイスを利かせて初めて完成すると言うべきか。
アニメーション界において、非現実を生み出す事に最も長けた監督は、宮崎駿監督だろう。誰も観たことのない世界を映像化し続けてきた宮崎作品の舞台にも、具体的なモデルが存在する。「天空の城ラピュタ」の世界は、宮崎監督が旅したヨーロッパの土地と、フランスの空想画家・ロビダの思い描いた空想世界から生まれ、「もののけ姫」のシシ神の森は、白神山地と屋久島とを組み合わせて創造されている。
かつて押井は、アイルランドの土地を、宮崎監督と共に旅した事があった。「スカイ・クロラ」の旅はそのまま、宮崎監督と旅した道でもあったのだ。若き押井守は、宮崎監督との旅の中で、実際の風景の中から新しい世界を作り出す秘訣を学んだのかもしれない。余談だが、道中、押井の発案で、イニシュモア島の海抜90メートルもある断崖絶壁を前に、どこまで断崖に近づけるかという肝試し(?)が行われた。結果は、断崖に半分身を乗り出したプロデューサーの石井(突風が吹いたら間違いなく落下である)と、崖っぷちから十数メートルのところで身動きが止まってしまった作画監督の西尾鉄也とに分かれた。押井は笑いながらこう言った。
「現実ばかり観ているプロデューサーは、死に対する想像力が欠如しているらしい。一方、想像力たくましいアニメーターが恐れをなすというのは象徴的だね。そういえば宮さん(宮崎駿監督)は、この崖から自分が落っこちてゆく姿が、コマ(アニメーターが作画する1枚1枚の画)で見えるって、言っていたなァ」
手で描いたキャラクターに命を宿すアニメーターという生業もまた、「妄想」逞しくないと成り立たないのである。
■ 妄想たくましき旅路
アイルランドの東端に位置する首都ダブリンを起点に、西端の港町・ゴールウェイまでを、小型バスを借り切って横断する旅が始まった。
「今回の映画で最も見せたいのは、圧倒的なアイルランドの大自然だ。低くたれ込める雲間から、スーッと降りてくる散香。海岸線すれすれを飛ぶレシプロ機の編隊。(物語の主人公)優一たちの所属する基地や、彼らが通うドライブイン、フーコの館とを結ぶ道──実際に走ってみて、映画の世界を作り込みたいんだ」
グレンダーロッホ、キルケニー、キャッシェル、リムリックの遺跡や城跡で、広大なバレン高原を駆け抜け、モハーの断崖を見下ろし、イニシュモア島を包み込む雲の中を歩き回る──。押井は、かつて旅した思い出の場所で車を止め、スタッフに、その自然環境の特徴や、歴史的背景を語り続けると共に、同行したスチールカメラマンに、映画で使えそうな場所を撮影させていった。
車中、西尾が「押井サンがヘンだ......」と耳打をした事があった。ソーッと後部座席に陣取っている押井を見やると、窓に身をもたせかけながら、ニヤニヤ笑って窓外に見入っている。心ここにあらずというよりは、心この世にあらず、と言った面持ちだ。
車を降り「さっき、何考えてたンですか?」と訊くと、
「ン? 妄想してたの。散香があの雲の下をどうやって降りてきたら格好いいかな......ってネ」
実際の風景をカメラマンに撮影させ、自らはカメラを持たずに妄想に耽る。これが、押井監督流のロケハンだ。帰国後の、各スタッフへの指示は実に具体的だった。カメラマンが撮影した写真と写真とを組み合わせ、「この空にこの道で......」「この断崖は倍くらいの高さにして、反対側は海に落ち込むようにして......」と、自らの妄想を、写真を元に具体的に提示していったのだ。各スタッフは、押井の指示を受け、自分たちが観た風景と、現地で撮影した写真を元に、「スカイ・クロラ」の世界を作り込んでいった。
スタッフごとに、持ち帰った写真は様々である。西尾は自らがレイアウトする画面を充実させる為に、現地の人々の生活風俗をデジカメに記録し、美術監督の永井は、カメラマンが押井の指示を受けて撮影したポイントのディテールを詳細に撮りためた。押井と共に現場を切り盛りしてゆく演出の西久保はムードメーカー。西久保の向かうところ、もっぱら笑いが絶えなかった。勿論プロデューサーの石井は、夜な夜な領収書とチップの精算に明け暮れていた......。
アイルランドの大自然を脳裏に刻んだスタッフは、中欧・ポーランドへ飛び、映画の後半に登場する、主人公優一が迷い込む街のモデルとなったクラコフの街を歩き回り、キルドレたちが暇つぶしに訪れるボーリング場等を取材していった。
押井監督がポーランドを訪れたのには、もうひとつ大きな理由があった。大戦時の軍事施設を訪れ、実物の戦闘機や軍事関連資料に触れることである。特に、ワルシャワの軍事博物館や、郊外にあるヴロツワフ空軍施設には、旧ソ連の戦闘機の実機やパイロットスーツ等、貴重な軍事資料が残されており、架空の戦争世界を舞台に据えた「スカイ・クロラ」のディテールを埋め尽くす資料には事欠かなかった。その模様は、現在発売されている「カウントダウンオブ『スカイ・クロラ』Count.3」で、詳しく紹介されている。
■ 共に2年間戦う為に
最後に、押井監督がロケハンの意義の最後に挙げた、各スタッフの特性を知る、という点に触れておきたい。
「2週間も旅をしていると、各々のスタッフの本性が見えてくる。一見豪快そうに見えるスタッフが、実は結構繊細だったり、逆に普段細かいことを気にするスタッフが、旅先だと思いもよらない大胆さを発揮したりね。ロケハンとは、映画の世界を探すためだけではない、これから2年間、苦楽をともにするスタッフを知る旅でもあるんだ」
2週間、夜、各々の部屋に戻る時以外は常に行動を共にし、同じ釜の飯を食らい、映画のイメージについて語り合い、肩を並べて異国を歩く。長い旅を終え、帰途についたメインスタッフ一人一人の中には、紙の上に描き出そうとする世界にまつわるイメージと、これから、映画制作という旅を共にする仲間たちに対する、理解と信頼が生まれ始めていた。



