日本でも環境の格差が意外と大きいのは?大卒が当たり前の家庭

日本は昔は一億皆中流のようなことが言われていて誰もが普通という感覚を持っていましたが昨今では格差社会になっていると言われてきています。

確かに格差は大きいと感じることも多いのですが、個人の収入だけの話ではなく、家庭内においても格差が大きいというところもありました。

このツイートが気になりました。

そう、家庭内の人が全員大卒だったりすると大学に行くのが当たり前であり、高校を卒業して就職するなんて概念は最初から存在しません。

小さいときから大学に行くのが当たり前として育てられ、大学に行くための教育を受けて、こども本人もそれが当たり前だと思ってその道を進んでいきます。

この環境で育つのと、高校を卒業したら働くのが当たり前の環境で育つのでは本人の考え方も変わってしまい、格差が縮まることはありません。

日本ではそうでない例もたくさんありますので完璧に格差がそのままというわけではありませんが、環境が良くないために進学できない、そのまま就職も良くないという例も出てきてしまっています。

全員が大卒になるのがいいというわけではない

ここで難しいのは全員が大卒になるということが良いというわけではないということです。

人にはそれぞれ役割分担があって、企業の中でも大卒の人が働く仕事高卒の人が働く仕事というのはまた別れていますし、現場で仕事をする人というのも当然必要なことになります。

日本人全員が大卒を目指すというような流れは教育としては良いのかもしれませんが、日本全体の仕組みからするとまわらなくなってしまうという問題があります。

将来的に現場の仕事などをロボットがしといて対応してくれるようになるというようなことがあるのであればまた変わってくるかもしれませんが今現場においてはどうしても人の役割分担というところが必要になり、格差を完全になくして全員が大卒へというような動きを取ることはできません。

機会の平等はあるべき

人それぞれの役割分担というところもあり単純に格差をなくして全員が上昇しようというのは難しい側面もあるということを言いました。

だからといって本来は大学を目指したにも関わらずその思いを断念せざるを得ないような状況にしてしまうというのもよろしくありません。

必要なのは機会の平等であり情報が平等に提供され、その中で自分たちが自由に選べる、そのような状態を作って行かなければいけないと思います。

どうしても今現在は家庭内教育に頼る部分も多くその中で格差も発生してしまっているというところもあります。現在はテクノロジーの発展している部分もありますしもう少し、単純な勉強科目を教えるわけではなく、世の中の動きについても知る機会を増やすということが必要になるのではないでしょうか。

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